私との距離
作:ねこすき☆とも
友坂鈴夏(近距離)SS
「お兄ちゃん?」
返事はない。
「お兄ちゃん?起きてる?」
ガザガザと布団の音だけが聞こえる。
「お兄ちゃん、入るよぉ?」
ガチャ
ドアを開け部屋に入る。
窓からは朝の日差しが差し込み、
自分の部屋とは違う男の人の匂い、そして―
「お兄ちゃん、起きてよぉ」
目覚ましを無視して寝ようとしている人物。
いつもの様に身体を揺らす。
しかし、この程度で起きる気配はない。
これもいつもの事。
「しょうがないなぁ、関節取っちゃうよ?」
身体がびくっと動く。
私は腕を取り、腕ひしぎ逆十字の体勢をとる。
相手の肘関節を極める寝技の一つ。
「待て、鈴夏!起きる!起きるから!」
相手は極められる寸前でそう叫び上体を起こす。
「おはよう、お兄ちゃん」
「柔道技を悪用するんじゃない」
「悪用じゃないもん、実力行使だもん」
「同じことだ」
「お父さんにも許可取ってるし」
「あのクソ親父…」
「じゃあ、私先に行ってるから、遅刻しないようにね」
「朝練か?」
「うん、お父さんももう行ってるよ」
「そうか、がんばってくれ」
「朝ごはんテーブルの上に置いてるから」
「今日は親父の番だっけ?」
「そうだよ」
「いらない」
「だめだよ、ちゃんと食べないと」
「努力する」
そうは言ってるけどお兄ちゃんは朝ごはんを残したことはない。
正直、私の料理もお父さんとあまり大差ない。
だけどお兄ちゃんはぶつぶつ言いながらも全部食べてくれる。
それはお兄ちゃんの優しさなのかもしれない。
そして私はそれが嬉しかった。
「それじゃあ、お兄ちゃん、行ってきます」
そう言って私は部屋を出る。
玄関まで下りると靴を履きドアを開けた。
海からの潮風が髪を揺らし、太陽が照り付ける。
9月だと言うのに太陽は容赦がない。
今日はジャケットだと暑いかもしれない。
そんな事を考えながら一人で歩き始める。
朝練がある日は当然一緒に登校できない。
朝練がない日でもお兄ちゃんが寝坊したら一緒にいられない。
それが寂しかった…
いつからだろう?
お兄ちゃんを異性として意識し始めたのは…
昔からの様な気も…
つい最近の様な気もする…
本当にいつの間にか…
そんな表現がぴったりかもしれない。
そして、そんなお兄ちゃんの横にはいつも七海お姉ちゃんがいる。
嫉妬…なのかもしれない…
うらやましい…
だけど私の目から見てもお似合いの二人。
今更付き合い始めたと言われても誰も驚かないだろう。
あの二人はそんな関係。
私の居場所はないのかもしれない…
とりあえず私は学校に急いだ。
考える事は苦手、身体を動かすのは得意。
そして、柔道に打ち込んでいる時は嫌な事も忘れられた。
放課後、部活が終わると家に帰る。
道草なんてしない。
そもそも遊べる場所がなかった。
「ただいまー」
「おかえり」
私の声に反応してお兄ちゃんがリビングから顔を出した。
「ただいま、お兄ちゃん」
「おかえり、親父は?」
「まだ学校、雑用があるんだって」
「そう」
「私着替えて来るね」
「ああ」
私はそう言って部屋に戻る。
すばやく着替えを済ませるとリビングに急いだ。
「おまたせー」
「別に待ってはないけどな」
「あっ、ひどーい」
「冗談だ」
「もう」
「そう怒るな」
「ところでお兄ちゃん、今日は何してたの?」
「ん?別に何も、マンガよんだりテレビ見たり」
「ヒマ人なんだね」
「まぁな」
「お兄ちゃんも柔道やればいいのに」
話の流れからとりあえず言っておく。
しかし、返事は期待していない。
「ん〜、やめとくよ」
「どうして?」
「部活でまで親父と関わりたくない」
「お兄ちゃんらしいね」
「そうか?」
「うん」
本当にお兄ちゃんらしい。
お父さんは私たちの学校の教師をやっている。
そして、私のいる柔道部の顧問。
お兄ちゃん曰く『目の上のたんこぶ』らしい。
「じゃあ他の部活は?」
「今更って気がしないか?」
「そうかなぁ?」
「第一何処に入るんだよ?野球部もサッカー部も人数いないじゃん」
「けどお兄ちゃん運動できるじゃん、もったいないよぉ」
「そうでもないけどな」
「そんなことないよ」
「まぁ、鈴夏はがんばってくれ」
「はーい」
笑い合う私たち。
これ自体はよくあるやりとり。
だけど大切なコミュニケーション。
「帰ったぞ」
お父さんの声が玄関に響いた。
お兄ちゃんは残念そうな顔。
だけど心底嫌っていないのは知っている。
本当に素直じゃない。
「お父さん、お風呂空いたよ」
お風呂から上がると私はお父さんにそう告げた。
そして、リビングを見渡す。
お兄ちゃんの姿がない。
「お兄ちゃんは?」
「ガレージじゃないか?」
ガレージ…おそらくバイクを修理しているのだろう。
バイクをいじるのはお兄ちゃんの趣味。
と言うより乗っている時間より修理している時間の方が多いかもしれない。
私はバイクの事は良く分からないけそのバイクは昔お父さんの乗っていた物らしい。
お兄ちゃんは愛着があると言っていた。
ガラッ
ガレージに入る。
独特の油のニオイがした。
「お兄ちゃん」
バイクを修理しているお兄ちゃんに声をかけた。
すでに手は油で真っ黒になっている。
「風呂あがったのか?」
「うん、今お父さんが入ってる」
「そうか」
「どう?バイク直りそう?」
「夏休み中いじってたからな、何とかなりそうだ」
「ねぇ、バイクに乗るのってどう言う感じなの?」
「うーん、口で説明するのは難しいな、とにかく風が気持ちいい」
「いいなー、今度乗せてよ」
「考えとく、とにかく動くようにならないと」
考えとく…
お兄ちゃんはいつもそう言う。
だけど乗せてもらえた事はない。
いつも壊れているからかもしれない。
そうでないかもしれない。
私には分からない…
聞いてしまうのも怖い気がする。
「お兄ちゃん…」
「ん?」
「気が向いたらでいいから、乗せてね」
「あ、ああ…」
「じゃあ、私寝るね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」
そう言って部屋に戻る。
少し…しつこかったかもしれない…
だけどしっかりと気持ちは伝えたつもり。
本当に乗せてくれるだろうか…
後はお兄ちゃんしだい…
ある休日
私は特にすることもなく部屋で休んでいた。
普段部活等で忙しい分、こういう時は時間を持て余してしまう。
お兄ちゃんは朝からガレージに篭りっきり。
そろそろ直りそうだ、と言っていた。
嬉しい反面不安もある。
お兄ちゃんは私を乗せてくれるだろうか?
それとも―
コンコン
「鈴夏、今平気か?」
そんな事を考えているとお兄ちゃんが部屋に来た。
何の要だろう?
お腹でも空いたのかな?
「うん、いいよー」
そう言ってドアを開ける。
断る理由なんてない。
「どうしたの?」
「ちょっと来てくれるか?」
「どこに?」
「ガレージ」
「ガレージ?」
「ちょっとな」
訳が分からずガレージに向かう。
少しの期待。
ガレージにあるのは…
ガレージに着くとそう広くないガレージ内にエンジン音が木霊していた。
懐かしい音、最後に聞いたのは何時だったろう。
「バイク…直ったんだね」
「今回はえらく時間掛かったけどな」
「…」
「ほら、行くぞ、乗って」
「え、ええ!」
「何驚いてるんだ?」
「乗るって…」
「乗せてくれって言ったろ?」
「そうだけど…いいの?」
「試運転ついでだ、乗らないのか?」
「ううん!乗る!」
お兄ちゃんの後ろ。
シートにまたがりヘルメットを被る。
「しっかりつかまってろよ」
「うん」
お兄ちゃんがどう言う気持ちで私を乗せてくれたのかは分からない。
だけど、今、私とお兄ちゃんの距離はゼロ…
「準備いいか?」
「うんっ!」
「じゃ、行くぞ!」
バイクがゆっくりと動き出した。
『うーん、口で説明するのは難しいな、とにかく風が気持ちいい』
お兄ちゃんの言葉を思い出した。
だけど風を感じる余裕はないと思う。
大好きなお兄ちゃんの後ろ…
兄と妹…
それが今の私とお兄ちゃんの距離…
だけど今は…幸せ。
[終]
掲示板でルミナリさんからリクエスト頂いた『鈴夏(近距離)』SSです。
え〜っと……申し訳ありませんっ!
当初考えていた作風と180度逆になってしまいました。やっぱり自分は準シリアスの方が向いているのかもしれません。
また、今回初めてヒロイン目線で書いてみました。予想以上に難しかったです。
オチですがあえて白黒付けずに終わらせました。『さつき』SSの様に決着を付けるオチも考えたのですが、
こっちの方が自分の中でしっくりきたので。
作:2005/4/27
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。よろしければ掲示板やメールに感想を書いてください。