これからも
―I live with you together for a long time―
作:ねこすき☆とも
七海END後、リハビリに励む建次。しかし、そこに七海の姿はなかった…
「ぐっ…」
病院内のリハビリ施設。
俺はそこで歩行訓練をしていた。
二本の手すりを使い、腕の力で身体を支えながら、一歩一歩足を踏み出す。
一年もの間使っていなかった身体は、思うように動いてはくれなかった。
「くそっ!」
小声でそう呟く。
気長に…ゆっくりと…
分かってはいるのだがどうしても焦りと苛立ちを覚えてしまう。
俺が目を覚まして二週間…
栄養剤の点滴が外れて一週間…
身体も脳も障害はない。
ただ、筋肉が衰え、胃腸がかなり弱っていた。
『若いから回復は早いだろう』
医者にはそう言われた。
その言葉は正しかった。
その証拠に今では何とか固形物を摂取することができる。
もっとも、消化の悪い物はまだ厳禁だそうだ。
「くっ!」
手すりが無くなり俺は身体を反転させる。
そしてまた手すりに捕まって歩き出した。
なんてことない行動…のはずだった。
しかし、今では5メートルの距離を歩くのにも支えが要る。
額からは汗が流れていた。
鬱陶しく思い汗を拭おうと額に手を当てる。
その時―
「うわっ!」
不安定な両足を片手だけでは支えきれずその場に倒れてしまった。
「くそっ!」
誰でもない自分に向けた言葉。
俺は両手で手すりを掴むと両腕に力を込め立ち上がった。
「大丈夫かい?」
俺のリハビリを担当している看護士が声を掛けてきた。
若い男性だが落ち着いていて親しみやすい人だった。
「ええ、なんとか…」
「少し休んだらどうだ?無理をしても効果は出ないよ」
「はい、そうします」
俺はキャスターの付いている歩行器に上半身を預けると壁際までゆっくりと歩いた。
「よっと…」
備え付けのベンチに座ると置いておいたタオルで汗を拭き水分を補給する。
情けない…これだけの運動量なのに呼吸は乱れ脈は早くなる。
体力も相当落ちているのが分かる。
「焦りは禁物だよ、友坂君」
「ええ、分かってます…」
「心配しなくても君の回復は早い。
まだリハビリを始めて一週間なのに歩行器を使って歩けるようになった」
「ありがとうございます」
「そういえば、最近彼女見かけないね。何かあったのかい?」
彼女…七海の事だろう。
聞けば七海は俺が事故に遭ってから一年間、ほぼ毎日俺のところに来てくれていたらしい。
いつ起きるか分からない俺のところに…
しかし、そのせいで自分の事に集中できず進級できなかったらしい。
その事にどうしても罪悪感を感じてしまう。
そして今、七海は…
「アイツには…来るなって言ってありますから…」
「どうしてだい?」
「俺が寝ていた一年間…アイツは自分を犠牲にしていました。
俺のせいで…です。
だけど俺は起きることができました。
だから今は、アイツには自分の事に集中して欲しい…そう思ったからです」
「しかし、それは彼女の意思でやっていたことだろう?」
「ええ、だから余計に申し訳なくて…」
「そうか…」
「それに、アイツが来ると甘えちゃいそうなんで」
「いいんじゃないか?君は怪我人なんだし」
「駄目なんですよ」
「どうして?」
「280対49だからです」
「?」
「これ以上増やせないんですよ」
俺は独り言のように言った。
俺と七海だけの決まりごと。
七海の数字が一つ増えているのはバイクに八つ当たりしてしまったからだそうだ。
バイクがどういう状態か分からないが今更傷が増えたところでどうしようもないだろう…
それよりも俺の数字……280。
この数字が多いのか少ないのかは分からないが一年という時間を感じさせるには十分だった。
「よし…もう少し続けます」
「身体の方は平気かい?」
「大丈夫です。運動はできないとしても早く一人で歩けるようになりたいですから」
「そうか…」
「はい」
280…俺の七海に対する感謝の気持ちはそんなものではないだろう。
失った一年という時間はどんな事をしても取り戻せるものではない。
だからこそ、一刻も早く元気になりたかった。
俺が元気になれば、七海もきっと笑ってくれる。
だから…
リハビリが終わると俺は歩行器を使って病室へと戻って行った。
廊下ではすれ違う人に話しかけられる。
どうやら俺は奇跡の患者として病院内では知られた存在のようだ。
チリンチリン―
病室のドアを開けると心地良い音が聞こえた。
風に揺られた風鈴が音を奏で、二匹の魚が仲良く泳いでいた。
その内の一匹は俺が事故に遭うきっかけになった物…
そう思うと辛くなってしまう。
しかし、七海はこれを捨てることは無かった。
何度か捨てようとしたらしいが捨てられなかったと言っていた。
だから俺もこれを捨てるわけにはいかない…
そう思いながら俺はベッドに腰をかける。
そして、ベッド横に置いてあるバッグから鉛入りのリストバンドとダンベルを取り出した。
リストバンドを両足首に巻き交互に足を上げ、両足の筋肉を鍛える。
同時にダンベルも使い両腕の筋肉も鍛え始めた。
二つともたいした重さではないのだが今の俺にはかなりきつい。
こんな事をしても焼け石に水かもしれない…
しかし、何もせずにはいられなかった…
少しでも早く退院したい…
その気持ちだけが俺を動かしていた。
リハビリを始めてから一ヶ月近く経った頃…
朝食を取っていると看護士の人に声を掛けられた。
食事が終わったら診察室に来てくれ…と。
食事が終わると俺は診察室に歩いていった。
もう歩行器は使わなくてよかった。
たまにバランスを崩すことはあったがこけるという事はなくなっていた。
コンコン
「友坂ですが…」
俺はドアをノックするとそう告げた。
「どうぞ」
その言葉でドアを開けると診察室特有のアルコールの臭いが鼻を付いた。
ふと目をやると骨格標本や人体模型に睨まれる。
そんな中に俺の担当医師である初老の男性は座っていた。
「座ってください」
俺は医者の前に置いてある丸イスに腰を下ろした。
そして、その医者は静かに話し始めた。
「友坂君…」
「はい」
「よくがんばったね…」
「え?」
「朗報だ―」
俺は走っていた!
あの日、俺が起きてから初めて走った!
途中何度か足がもつれそうになったが転ぶわけにはいかなかった!
目的は公衆電話。
掛ける相手は決まっている!
俺は一度病室に戻り小銭を用意すると再び走り出し公衆電話の前まで来た。
かなり息が上がっていたが呼吸を整える時間すら惜しく硬貨を投入する。
手早く番号を押すと繋がるのを待つ…
プルルルルル―
コール音が響き時間の流れが遅く感じる。
プルルルルル―
出てくれ…この時間ならまだいるはずだ…
そして―
プルル…ガチャ
「!」
「はい、近衛です」
「七海か!俺だ!」
「え!けんちゃん!どうしたの!?」
「七海…退院日…決まったぞ!」
「おはよ〜」
「おはよう」
「あれ?鈴夏ちゃんは?」
「先に行った。朝連だって」
「そっか…」
「俺たちも行くか」
「あ、けんちゃん」
「どうした?」
「身体は大丈夫?」
「お前…毎日それ聞くな…」
「だっ、だって…」
「ありがと、大丈夫だ」
「うん」
「行くぞ、七海」
「うんっ」
退院日が決まった事を告げた日。
七海は学校を休んで会いに来てくれた。
自分の事のように喜んでくれた。
同じクラスになる事も喜んでくれた。
感謝しろよ。
親父にそう言われた。
どうやら手を回してくれたらしい。
そして今、七海と一緒に歩いている。
学校へと続く海沿いの道を…
ベランダジャンプはまだできない。
身体は問題ないのだが親父と七海が許してくれないからだ。
一度ジャンプしようと思ったが七海に泣いて説教された。
そんな七海を見て、それ以来ジャンプしようとは思わなかった。
もう七海の悲しい顔は見たくない…
ベランダジャンプはできなくなったが俺と七海の距離が遠くなったわけではなかった。
それは―
「ねぇ、けんちゃん」
「ん?」
「風が気持ちいいね」
「これから寒くなるけどな」
七海は今も傍にいてくれる…
隣で笑ってくれる…
俺たちは今でも“アレ”だから…
「けんちゃん」
「なんだ?」
「今年の秋は一緒だね」
「クリスマスもな…」
「その先も…」
「もちろんだ」
…ずっと二人で生きてきた。
暗い空も、坂道も、
見えない偶然も乗り越え、積み重ね、対の片方となり
光る証人の元…あの日、エメラルドの弱みも乗り越え…
…ずっと二人で生きてきた
そして…
これからも…
[終]
七海SSですが主役は建次です。自分はSSを書くときは一度書いて少しずつ削っていくのですが、
このSSはまったく削っていません。完成度が高いというわけではなく自分の中で削ると
話が分からなくなるというのが理由です。よって、無駄に長くなってしまったかもしれません。
リハビリの描写は自分の経験談です。思い出しながら書きました。
一言で詳しく書きますがこのSSと以前書いた日和SSは自分の中でのタブーに挑戦したSSです。
ちなみに副題の―I live with you together for a long time―と言うのは、
意訳すると「ずっと一緒に生きていく」と言う意味です。
作:2005/4/6
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