君の為のタンデムシート
作:ねこすき☆とも
多恵END後、建次はある目標に向けて動いていた。
「よし、こんなもんかな」
俺は手に持っていた工具を一旦床に置いた。
「一度動かしてみるか…」
シートにまたがりくそ重たいキックを2回、3回とけり続けた。
ブロロロロロ―
心地良い、そして懐かしい重低音がガレージ内に響いた。
「やっと直ったか…」
エンジンを切り、シートから降りると俺はバイクをまじまじと見つめた。
多少金はかかったが俺の胸の中は充実感で満ちていた。
「このところいろいろあったからな」
本当にいろいろあった…
郊外学習の実行委員会に参加して。
海岸でゴミ拾いをする多恵を見つけて。
不意にキスされて。
郊外学習があって。
付き合い始めて。
多恵を追いかけて旅館まで行って。
帰りのバス停で別れて。
またすぐに元の鞘に納まった。
「バイクをいじってる暇なかったからな」
正確にはあったのだが集中できず何もできなかった。
「あとは…」
俺は工具箱の横に置いてあった箱を開けると、中に入っている物を手に取った。
新品のタンデムシート。
今回の修理はこれを取り付ける為だと言ってもいい。
しかし、問題が一つある。
とても大きな問題が…
「おっ!やっと直ったのか?」
不意に聞こえた野太い声に振り返ってみるとそこには親父・友坂健柳流が立っていた。
「ああ、直ったよ」
「普段のメンテをサボっているから大変なんだぞ」
親父にしては真面目な声のトーンで言った。
昔は親父のバイクだったから愛着があるのだろう。
そばに来て懐かしそうにバイクを見ている。
「ん?何を持っているんだ?」
親父は俺の持っているタンデムシートに気付き声をかけた。
「何に見える…」
「タンデムシートにしか見えんが?」
「そうだな…」
「お前は父親をからかってるのか?」
「そんなんじゃねぇよ…」
親父の言葉を軽く受け流す。今は親父にかまってる暇は無い。
「どうした?取り付けんのか?そのために買ってきたんだろう?」
「取り付けるさ、だけどな…」
俺の中に一抹の不安がよぎる。それを親父も感じとったようだ。
「何か問題でもあるのか?」
親父に相談するべきか?
しかし、他に適任者はいなかった。
親父も昔バイク乗りだったし、何より…親父はうちの学校の教師でもある。
「多恵…先輩、乗ってくれるかな?」
以前誘った時、きっぱりと断られた記憶が蘇る。
こちらは冗談交じりだったがはっきりと断られた。
もっとも、その時は『多恵ならそうだろうな』と納得した。
しかし、今は違う!何としても多恵を後ろに乗せて走りたい!
「なるほどな…」
親父も質問の意味を理解したようだ。
「確かに、バイクの二人乗りなど絶対にしないだろう……以前の石和ならな」
「どういう意味だ?」
以前の?ほとんど毎日一緒にいるが多恵が変わったようには見えなかった。
むしろ、相変わらずと言った感じだが?
「最近…正確にはお前と付き合い始めてからだな、石和は変わった。
人の事だけでなく、自分の事にも目を向けるようになった」
俺は黙って聞いていた。
「世話焼きなのは相変わらずだが、自分の事もしっかりと考えるようになった」
「そうなのか?」
「お前は近くにいるから分からんのだろう」
「そうか…」
どうやら親父は腐っても教師らしい。生徒の事をしっかりと見ている。
「まぁ、あとはお前たちしだいだ」
「ああ…」
「がんばれよ。あと、あまり石和に迷惑はかけるな、愚息よ」
「親父にならいいのか?」
「もう十分過ぎるほどかかっとる」
親父は笑いながらガレージを出て行こうとした。
その時…
「そうだ、一つ言っておく」
「何だ?」
「ブレーキとタイヤはいいものにしておけ。人を乗せるのなら特にな」
「ああ、分かってる」
「じゃあな」
「親父」
「どうした?」
「ありがと」
「お前に礼を言われると気持ちが悪い。貸しにしといてやる」
「素直に受け取れ、クソ親父」
親父は俺の言葉を聞くと笑いながらガレージを出て行った。
「俺たちしだいか…」
ぽつりと言うと俺はバイクのシートを取り外しにかかった。
親父の言葉で決心がついた。
何としても多恵を後ろのも乗せて走る!
その日の作業が終わったのは日付が変わってからだった。
「こんにちは」
聞きなれた優しい声が玄関に響く。
休みの日に遊ぶ約束をしていた多恵が家に来た。
「いらっしゃい」
時刻は昼少し前。ちょうどいい時間だ。
「多恵、こっち来て!」
「え?」
俺は多恵の手をつかむと家の中ではなく家の外…バイクを置いてあるガレージに案内した。
「友坂君?」
わけが分からずキョトンとする多恵。
ガレージにつくと俺は買ってあってヘルメットを多恵に渡した。
「はい」
「…ヘルメット?」
「新品だから、大切にしてくれ」
「と、友坂君?」
「じゃ、行こうか?」
俺はそう言ってタンデムシートを指差した。
「だ、駄目だよ友坂君」
「…」
「二人乗りなんて…あぶないよ」
予想通りの反応。しかし引くわけには行かない。
「…多恵」
「え?」
「夢なんだよ…バイク乗るヤツの…」
「夢?」
「そう、好きな娘を後ろに乗せて走るのは…」
「だから…」
「友坂君…」
「…」
「一つ…教えて?」
「何?」
「後ろに乗せるのは…好きな娘なら誰れでもいいの?」
「…前はそう思ってた…」
「…」
「だけど…今は違う。多恵を、多恵だけを乗せて走りたい…」
「……分かった。乗せて」
「いいのか?」
「そんな事言われたら断れないよ」
「ありがと」
「そのかわり」
「そのかわり?」
「スピード出しちゃ駄目だよ?」
まるで子供をたしなめるような口調、多恵らしい。
「分かってる。じゃ、乗って」
俺はシートにまたがると後ろを指差して言った。
「うん」
多恵は慣れない手つきでヘルメットを被るとおずおずと後ろに座る。そして…
「しっかり手、回しておいて」
「うん」
後ろから回された多恵の手が自分の腹の前でしっかりと組まれるのを確認すると、
「行くぞ!」
くそ重たいキックを2回、3回とけり続ける…
ブロロロロロ―
心地良い重低音を響かせながら車道に出た。
後ろの多恵に気を使いながら少しづつスピードを上げる。
海沿いの道に出ると海からの優しい風が吹いてきた。
「多恵、どうだ?」
少し大きな声で後ろの多恵に声をかけた。
「うん、風が…気持ちいい」
「スピード大丈夫?怖くないか?」
「うん、平気!」
そう言うと多恵は俺に回した手に力を入れた。
「ねぇ、友坂君?」
「何?」
「どこ行くの?」
「決めていいのか?」
「もちろん!」
「昼飯まだだよな?」
「うん」
「なら七海の所の喫茶店行くか?二人で顔出せってうるさいし」
「分かった」
「よし!行くぞ!」
俺は少しだけスピードを上げる。
多恵の手に力が入る。
喫茶店までのほんの少しの時間。
背中の温もりが、心地良かった。
[終]
SS二作目。ラムネのSSはあまり見たことないので書いてみました。バイクに関する部分は七海シナリオそのままです。
何にも縛られることがなくなった多恵先輩にバイクに乗って欲しいと思って書いた話です。
多恵先輩が『変わった』という事をうまく伝えるためには大人が必要だと思い健柳流を登場させました。
作:2005/3/26
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